花と女性

中学生の頃、特に好きでもない女の子から大変に好意を寄せられ、とても困っていた。

学習塾で知り合ったその子は、別の中学校なので、塾でしか会わないので言い方が悪いけど我慢をしていたんだけど、教えてもいないのに誕生日は知っているし、家の電話番号も割られたし、小学校の卒業アルバムも(もちろん小学校は違うんだけど)どうやって手に入れたのか持っていて、戦慄を覚えたりした。

誕生日とかバレンタインにいろいろもらうんだけど、当時の僕はフェミニストというか気が弱いというか、あるいはカッコつけマンだったのもあり、迷惑だけど断れずに受け取ってしまって、家に持ってかえっては悶絶していた。

学習塾は少人数制のところで、だけどレベルの違う生徒が同じクラスで、要するにその学年の生徒が全部同じクラスだっていうだけの個人経営の学習塾だった。O君はそんな環境でも学区外のもっとも偏差値の高い高校に行った強者だ。彼の頭の良さに感心したのはFF3のラストダンジョンのマップを、その場で全部紙に書いて僕に教えてくれたことだった。その記憶力と同時に、よく遊び、よく学んでいるんだなぁと、敬服した。

僕は、その子の執拗な好意と、この塾で高校受験は大丈夫なのかという不安で、生徒数数百人の大手学習塾に編入した。中二の頃だ。

中三になって、その子からは逃げ切れるはずだったんだけど、電話はしょっちゅうかかってきていたと思う。どういう経緯だったか全然覚えていないんだけど、その子の誕生日にプレゼントをしてあげる、というようなことになった。

何をあげたらよいのか皆目見当がつかないので、もっとも身近な女性である母親に相談したところ、「花をもらってうれしくない女性はいない」というような、もっともらしい格言的なアドバイスをもらい、他に案がなかったので従うことにした。

ちなみに僕は花は好きではない。枯れたらゴミになるからだ。花が食べられるんならよかったのに。

3000 円を握り締めて商店街の花屋へ。当時の 3000 円は 2 ヶ月分の小遣いで、今の 3 万円より価値が高い。そして 3000 円で誕生日のプレゼントにする花束をください、と店員さんにお願いしたら、なんかものすごいしょぼい花束を渡された。なんかこう、テレビでよく見る、ボクサーや映画俳優がもらうような大きい花束を想像していただけに、ショックが隠しきれなかった。3000 円を渡すと、おつりがなかったのもショックだった。花って高いんだ、というのを若くして学習したのがせめてもの救いか。

待ち合わせ場所で花束を持って待っていたらその子が来たので、誕生日おめでとうとか言いながら花束を渡した。初めはとても喜んでいたけど、もしかしてプレゼントはこのしょぼい花束だけで、他には何もないの、みたいなことを言葉には出さないまでも察してくれて、察してくれたことをこちらも察し、とても気まずかった。その子は、もらった花束がまさか 3000 円もするとは思わず、せいぜい 500 円程度にしか感じられず、「えっ、私の誕生日のプレゼントはたった 500 円の花束だけ?」という風に思ったに違いない。

「ケチな男」と思われた方が好都合なんだけど、僕はカッコつけマンだったので、その後の食事で挽回したりしたんだと思う、よく覚えていないけど。


さて、その当時母の放った「花をもらってうれしくない女性はいない」という呪いの言葉だけが、のどに引っかかった魚の骨のように僕を苦しめた。身内の女性を見渡すと、ほぼ全員花が好きだし、それ以外でも花の好きな女性はたくさん見かけてきた。一方で、僕のように花にはまったく興味がない女性も確実にいるだろうということも学習した。僕は高校のときも、大学のときも、好きな子に花を贈っていたのだ。

  • 花を贈った回数:3回
  • 勝敗:0勝2敗1分け

花を贈るのは難しい。今にして思えば、バラ一輪と本命のプレゼントというのがよかったんだろうと思う。僕はカッコつけマンだったので。


ということで、妻にも花を贈ったことはない。だけど、妻は機嫌がよいときに自分で花を買うので、それはとてもよいと思っている。

ベランダの花にミツバチがやってきた。妻がずっと観察しながら実況してくれたんだけど、全部の花から蜜を吸っていたそうだ。